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2012年6月30日 (土)

エンジェルロード

小豆島に、エンジェルロードなんてステキな名前の場所があるそうです。
そこを一緒に歩いたカップルは、幸せになれる。。。って言われてるそうですよ。


「(ちゃいチャンと)行ってきましたー」
って、以前ちゃいママさんに教えて頂いて。
「嫌がるのを無理やり一緒に歩いてきましたよ」
って。
↓エンジェルロードとちゃいチャンのお写真と共に、教えて頂きました。

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ワンコと一緒の旅行ってだけでも「いいなぁ」なのに。
そんなステキな場所で。
さらに「幸せになれる…」なんて。
とても羨ましくてね。
「よーし、いつか私も行ってやるし!」って、思ってました。


ちゃいチャンも、チョンマゲさんのシーズーの女の子ワン。
ぱぴこサンのブログで、ちゃいママさんと知り合って。
それ以降、こうやって近況報告・情報交換していました。
同じチョンマゲさんということで、ぱぴこサンのワンコ粘土作品争奪戦では、いつもライバルでしたsmile

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その、チョンマゲちゃいチャンがお星様になりました。
はなサンの五ヶ月後に。。。
そんな早くに。。。なんて、想像もしてなくてね。
はなサンが亡くなった時には、ちゃいママさんにも色々力になって頂きました。
なのに、ちゃいママさんが一番辛い時に 私は力になれず。。。
本当にごめんなさい。

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17歳を目の前にして、お星様になった ちゃいチャン。
でも、はなサンより4年多く 楽しいワン生を過ごしました。
きっと、ちゃいママさんご家族が たくさん愛情を注いで。
そして、ちゃいチャンもいっぱい楽しんだ17年間だったと思います。

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お耳や膀胱炎。。病気にも、いっぱいがんばりました。
楽しい所にも、色々連れてってもらって楽しかったね。
ちゃいママさんが悲しい時も、寄り添って助けてあげました。

「よくがんばりました!」って、大きな花丸あげたいなぁ。

でも。
もう一つ、私からお願いがありますよ ちゃいチャン。
はなサンを見かけたら、仲良くしてやって下さいな。
ワン見知りをするので、そーっと、ゆーっくり、寄り添ってあげて下さいcoldsweats01

そして、お父さんや、わんクンとも また仲良く。
楽しく過ごしてね。

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今年の5月21日。はなサンの命日に。
ちゃいママさんが、我が家に はなサンを連れて帰ってくれました。
三編みチョンマゲ、表情など、とても はなサンそっくりでo(;△;)o
ご自身もお辛いなか、本当にありがとうございました。

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2012年6月17日 (日)

あの時のこと、今のこと③

命日5月21日から、ひと月が過ぎようとしています。
ダラダラと書いてしまいました。
ひとまず、今回で締めくくりましょ。


亡くなった直後にも書きましたが。
亡くなるひと月前から、はなサン ヒートが始まりました。
普通でも、ヒートって結構体力消耗しますよね。
なのに、はなサンは、出血がひと段落したあとのハッスル期間が長くて。
その上ハッスルがハンパない。
フワフワの大きなボールを使って、マウンティングしたり。
ボールを持って、走り回ったり。
心臓が悪くなっても、それでも同じようにハッスルしようとしました。

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だから、今回は その『恋人ボール』を隠しました。
そしたら、はなサン 一生懸命そのボールを探すのです。
全ての部屋に入っては、見回して。。。
元気だった頃のヒート期間にも、その『恋人ボール』を棚の上に隠した事が何回かあったので。
それを覚えてて。
どの部屋でも、上を見上げてました。

「もう、長くはないのだろうな」
そう感じてた私には、その はなサンの様子が まるで家にお別れしてるように見えて。
ヒートの欲求を押さえつけてる申し訳なさもあって。
とても悲しかったのを覚えています。

どうしてやることもできず。
少し気が紛れれば。落ち着いてくれれば、と思い。
抱っこして、一緒に窓からお月さんを見ました。
「キレイな満月やねぇ、はなチャン」なんて言いながら。
まぁ。そんなごまかし。
ほんのわずかな時間しか もちませんでしたがねcoldsweats01


一周忌を前に。
新聞に掲載されてる小説が、目に留まりました。
村上龍の『55歳からのハローライフ』
多分ずっと以前から連載されてたのでしょうけど(今も掲載中)。
ちょうど『ペットロス ボビーの死』という章で。
ボビーというワンコが、はなサンと同じ病気で。
懸命に看病する飼い主が、その毎日の中で感じることが書かれてました。
『ペットロス』の章はしばらく続き、毎日自分の事のようにドキドキしながら読みました。

でも。意外に冷静に読めました。
古い自分の日記を読むかのような。
少し懐かしいような。恥ずかしいような気もしながら。

①で紹介した本や、この小説で、だいぶん私の気持ちも整理されたかもしれません。
もちろん、一年という時間、タイミングもあったのかなとも思います。


落ち着いた!とは言え。
まだ出来ないんだなぁ。。。という事も残っています。


まずは、はなサンのお洋服の片付け。
ぱぴこサンに教えて頂いて作った洋服ダンスに、春夏物がぶら下がっています。
(ホコリかぶるし、そろそろ・・・って母には催促されてますcoldsweats01

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そして、遺髪。
亡くなって冷たく固くなった はなサンを火葬することに、自分でも不思議なくらい執着はなかったのです。
「こんなの はなサンじゃないわっ」って。
でも、細くてサラサラ、チュルンチュルンの毛を触れなくなるのかと思うと、おかしくなりそうで。
特にお耳の毛は、私のお気に入りで。よくクリンクリンして遊んでましたからconfident
寂しくて仕方なくなったら、この毛を見て触ろう。。。と。
家を出発する前に、みんなに内緒でお耳の毛を少し切って残しました。

ティッシュでくるんだだけの、そのお耳の毛。
結局、その日から今まで一度も見てません。
赤ちゃんのへその緒みたいに、いつか桐の箱にでも入れようと思ってたのに。
箱も用意してないし、引き出しに入れたまま。
ひどい飼い主ですbleah
きっかけもなく一年たって、今さら開けて見るのは少し怖いsign02ような気もします。


お洋服と遺髪。
ホントは遺骨も、すぐ納骨しようと思ってたのに 今も家に残してるし。。。
まだまだ、依存してますか、、、あはあは。

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最後に、この春 新聞で見つけた記事についてもうひとつ。
元・吉本興業の常務 木村政雄さんが愛犬の死について書かれてました。
交通事故という、突然のお別れだったのですが。

『最期』の『最』という字は、『日取り』とも読める。
もしかしたら、生まれた時に「また会いましょう」と神様と約束した日だったのかもしれない、、、と。


はなサンの最期の日については、私も色々後悔しましたが。
もし神様と約束した日だったのなら仕方ない。。。ですね。


ここまで、「落ち着きました」「こう思えるようになりました」なんて書きましたが。
結局は、自分の都合の良いように物語を作ってるだけかもしれませんね。
でもきっと。
はなサンは「えぇんとちゃうか~」と言ってくれると。
。。。都合良く考えておりますsmile

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今日の最後のお写真は、2007年の6月17日
この日もヒート中だったのですね。
車の座席にタオルを敷かれてます^m^

2012年6月 2日 (土)

あの時のこと、今のこと②

今日は、昨年の5月21日~22日のことを書いてみます。
備忘録的に、細かく書きます。
退屈な思いや不快な思いをさせてしまったら、ゴメンナサイsweat01



はなサン最期の時は、病院の酸素室でした。
興奮して良くないので、と その酸素室の前での付き添いを言われました。
一段目・二段目は、入院されてるワンコのケージ。
その一番上、3段目にある酸素室に はなサンは入ってました。
その前に、椅子を準備して下さって 私と男性の看護士さんとで付き添いました。


途中、その看護士さんあてに電話が入って。
「そうですか。。よくがんばられました」って話しされてて。
担当のワンコの飼い主さんから、亡くなったことの報告とお礼だったようです。
なんだか不吉な思いも抱きつつ。
温度や湿度の調整をしながら、はなサンの様子を看て頂いてるその看護士さんと。
たまに話しをしながら、見守っていました。


この様子だと、自宅に酸素室を準備することも考えて・・・
なんて話しも出て。
もちろんリースなのですが、お金の心配が頭をよぎったのも事実で。
ちょっと自己嫌悪・・・

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その時、二段目にいたワンコがシーズーで。
ご飯食べたりしてて、元気そうにみえるのになぁ。入院してるのかぁ。
と思い、ふと名前をみると『くじら』ちゃんでしたhappy02
「くじらチャンって言うのですね」と私。
「はい、くじらチャンです」と看護士さん。
って、ヘンなやりとり。。。
確かに、黒っぽくて大きかった くじらチャン。
その後、元気になったかな。。。

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午後になっても、良くならないはなサンを気にしながら。
会合か何かで、出かけられた院長先生。
「終わったら、すぐ戻りますからね」とおっしゃって頂きました。
でも、その後 急変し。
出かけられて間もなく。本当にすぐ戻ってこられました。
もうダメだな…と思われた副院長先生が、最期の立会いに呼び戻して下さったようです。
院長先生・副院長先生・もう一人の先生・他、たくさんの看護士さん。
そして家族全員で、はなサンを見送りました。


きれいに清めてもらって、ブルーのきれいな棺型の段ボールに入れてもらった はなサンと診察室で対面し。
また悲しくなって、涙でズルズルになりながら
「この後、どーしたらいいのでしょうかぁcrying
という私に、副院長先生がパンフレットを準備して下さいました。
火葬施設・墓苑のパンフレットです。
公営施設の場合、民営の場合など、説明して下さいました。


自宅へ戻る途中、お花と氷(ドライアイス)を準備しなければ。
と思い、お花屋さんへは寄ったのですが。
ドライアイスを、どこで買えばいいのかわかりません。
私にはネットで探す気力もなかったので。弟が探してきてくれました。
本当は販売してないのですが、と言われながら 事情をお話して譲ってもらったそうです。
チェーン展開されてるケーキ屋さんでした。
そんなに暑い時期じゃないし、一晩だけなので、保冷剤でもよかったようです。
(前回紹介した本に書いてありました)
小さめのまな板のようなドライアイスをタオルで巻いて、背中側とお腹側に入れました。
「冷たいのに、かわいそうに…」と母が言うのを聞き。
苦笑しながらも、涙が出ました。

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この日、私の初めての食事が、晩御飯でした。
この時は、意外にもまだ食欲はありました。
それでも今、食べられるもの…と考えた結果。
トーストに卵、コーヒー。。。という、朝食のような食事でした。


病院から紹介してもらった中から選んだ、火葬施設。
翌朝一番は空きがなく、11時半の予約をしました。
着いたそこは、思ったよりこじんまりしていました。
そこでは、はなサンの事は「お子様」って言われて。
手続き、葬儀が進められました。

お坊さんは居られなくて。録音されたお経がどこかからか流れる中。
最後のお別れをしました。
その施設では、火葬場へ入れませんでした。

その後、1時間だったかな。1時間半くらいだったか待って。
お骨上げの案内をされて行くと。
茶色のワンコが居て。
とってもビックリしたのを覚えていますcoldsweats02
別のワンコの葬儀の準備をされてる部屋に、間違って入ってしまったのですcoldsweats01

丁寧に説明していただきながら、全てのお骨を骨壷に収め。
一緒に帰ってきました。


この日の遅い昼食は お蕎麦。
お蕎麦は、はなサンのために買い置きしていたものです。
夕食は、カレー。
はなサンのおやつに作りおきしていた、さつまいものお団子入りです。

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どちらも、ほとんど食べられませんでした。
母が、はなサンを偲ぶつもりで作ってくれたのですが。
ありがたい反面。
「お母さん。余計、悲しなるしぃ~」って気持ちでしたcoldsweats01
その後も、食欲が出なくて。
しばらくは、心配かけたようです。

もちろん!
今は、元気もりもり!食欲もりもり!ですよgood

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今日の、はなサンの写真は。
2007年の6月2日。
母のお迎えついでのお散歩に…のお写真です。
今年も、お散歩コースの緑には、黄色いお花がいっぱい咲いてます。

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